私には今しかないよ。今を生きる女なんだよ。

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「今を生きる」、

とか、

「今、ココ」、

とか最近よく聞きません?

 

よく聞くなって思ってたら、

2020年のカレンダーにも、

同じ事が書いてあってビックリ!

ちびまる子ちゃんの、

示唆に富んだ、

含蓄あるお言葉です。

 

「私には今しかないよ。
今を生きる女なんだよ。」

 

しかしながらこの言葉、

具体的な意味って、

イマイチ不明じゃありませんか?

なんとなくわかるような気もするけど。

 

その、

なんとなくの候補その①、

「今という瞬間を大事にして、
一所懸命に生きる事。」

 

なんとなくの候補その②、

「今に集中、
存分に今を楽しめ。」

などなど。

 

って言ったって、

一所懸命に生きてるつもり、

だし、

楽しんでるつもり、

だし。

いまいち違いがピンと来ない。

 

生きてる人間全員が、

今を生きてるやん、

と。

コタツの中でゴロゴロしてたら、

今を生きてないんかと。

 

というかおそらく、

感覚的にはイメージしにくいんですが、

「今を生きる」とは、

「意識を今に戻せ」

ってことを第一に言いたいんだと思う。

 

意識を今へは、

当たり前のように思えて、

当たり前じゃなかったりする。

 

例えば、

「昔は良かった」

「わしが若い頃は・・・」

なんて言うオヤジは、

意識の所在は過去に偏ってる。

 

または、

「今は苦しいが未来は良くなるはず」

「この子の将来に期待している」

なんてのも、

意識の所在は未来。

 

肝心の今はどうなのよ、

って具合に。

あなたは今を犠牲にしてるんじゃない、

って具合に。

 

コレは、

無意識の内に、

過去へ未来へと、

行ったり来たりしているもの。

そこを意識する。

 

ところが、

たとえ意識を今にしたところで、

それだけでは大した変化は望めません。

具体的に何かが大きく変わることはない。

 

または存分に今を楽しんでみたところで、

過去のトラウマが消えるわけでもなく、

将来への不安が解消されるわけでもない。

 

人間は生きる過程において、

過去の経験を糧として、

今を判断する。

将来に備えて、

今に準備する。

 

それを繰り返し行っているのが、

今という瞬間です。

非常に当たり前の話し。

 

その上で、

意識を今に集中してみても、

何かが大きく変わるような事もないし、

逆に、

大きな変化は恐怖でしかない。

無意識の内に変化を拒絶している。

 

自分が過去に判断した事について、

その判断は間違っていたと、

過去の自分を否定する事は、

恐怖でしかない。

 

将来の不安に対して、

今から準備をせずに、

不透明なまま将来を迎える事は、

恐怖でしかない。

 

そんな恐怖を抱えたまま、

今のこの瞬間を楽しむ事は、

不可能に近い。

今に集中して楽しんでいるように思えて、

実は恐怖心で一杯。

むしろ現実逃避に近い。

 

だから、

「今を生きる」、

「意識を今へ戻す」、

を実践すると同時に、

過去や未来を消去する。

 

過去を消去するとは、

どういうことか?

 

次回へ続きます。

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