ホントの循環とは、自分の始末をすること

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
コンポストトイレで排泄物を土へ還す

コンポストトイレを導入した我が家で、2回目の排泄物の処理をしました。
早い話が自分の”うんち”を土に還す作業。

 

 

以前、我が家に来てくださった方が「大地との繋がりを実感した」という素敵な言葉を頂いたトイレです。
我が家のコンポストトイレは中がドラム式になっており、竹を細かく砕いたチップを入れて、そこに排泄し、サイドのレバーを引いてドラムを回して撹拌するというもの。

山に生えるイタドリ

本文とは全く関係ないけど話題が話題だけに、山に生えるイタドリあたりでご勘弁

逆に処理はスコップを持って、ドラムの中に手を突っ込んで内容物を取り出し、庭の端っこあたりに土を浅く掘ってそこに入れ、上から土をかけて雨がかからないようにシートをして6カ月ほどおいておくという作業。
半年くらいで土の中の微生物が分解してくれて、たい肥として使えます。

イタドリの収穫

食べれるって聞いたことあるけど、食べたことない。本文とは関係ないけどね。

循環型生活を標榜する以上、自分の排泄物くらい自分の手で処理せねばと思っていましたが、やってみると当然ながら大変。
ボタン1つで水に流され何処へ行ったかわからなくなるブラックボックス状態の方がよっぽど楽!

そういえば世の中、なんでもかんでもブラックボックスやね。
自分で責任もって最後まで処理するって事ないよな。
便利やけど、何かが誰かがその負担を強いられるこの世界。

自分の”うんち”の処理もまともに出来ひん奴らが、原子力発電所の核廃棄物の処理なんかが出来る訳ないよなってマジで思うよ。口だけなんもいい加減にしなさい。

イタドリの皮をむく

イタドリの皮は簡単に手で剥けます。関係ないけど。

このいや~な処理も、やってると感謝の心が湧いてくるから、あら不思議。
一連の作業でいろんな事が分かった気になるの。

例えば、ドラムの中で撹拌してると団子状になってきて、表面は乾いてて臭いもしないとか。
これは土壌中の微生物が作る、土の団粒化現象と同じではないかとかね、同じように微生物がここには働いてるからね。
逆にベチャっとしてたら臭いもあるし、たぶん腐敗してるんやろうなとか、ちなみに団子の方は醗酵やね。

イタドリの皮をむく

面倒臭くなって、ピーラー使って剥きだす。自然は偉大です。

もう自然の仕組みの凄さに感動。
土に還り、その土が植物を育て動物が食べる。という循環。
自然は命を生かそうとしている。
豊かさとは正にその事。
命があっての金とか豪邸だとか高級車やブランド品なわけやしね。
その豊かさ、自然が命を生かそうとする意志を100%信頼できるかどうか。

で、処理が終わってから庭の掃除をしてて、通路に落ちてた落ち葉を、落とした木の根元に還してたらそこでも思った、

木とかの植物は、自分の葉っぱを土の上に落として、その葉っぱを虫や微生物が分解して、土壌を豊かにし、空気や水が出入りできる構造にしてるんやなと、

空気中から窒素を固定し、二酸化炭素を吸収できる土壌に変え、微生物と共生しながら成長しているんやなと。

イタドリの炒め物

塩と水で酸っぱさを抜く下処理をしてから、味醂と醤油で炒めて食べた。食べた後は当然、自然に還ります。

何処も此処も、循環している。
循環しているということは、繋がっているということ。
終わりなき繋がり。
決して個で完結するわけではなく、永遠の繋がりが有るということ。
全ての存在は、縁を結びあっているという事実。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*