タカヤススタイルとは?

負担をかけない生き方の追求。
地球や自然や他人や未来に生きる人々や自分にも。

きっかけ

きっかけ

 耕作放棄地を利用した自然農法による自然栽培作りをスタート。
現代社会において、汚染されてないまともな食べ物はほとんどない。

お金について考えた

お金について考えた

試行錯誤しながらも、自然栽培の野菜が出来てきた。
ひょっとしたら自給自足ってできるかもって考えた。

お金の呪縛

お金の呪縛

お金に縛られ、お金の為の人生、そんな人生の否定。
生活そのものへの真剣な取り組みは、過去には存在していた生き方。

基本的な生活、生きる為の行い、たとえば食事とか掃除とか洗濯とか、そういったものを効率的に手を
かけないで、おろそかに、自分ではやらずロボットにやらして・・・。
で、空いた時間は何するの?
より人間的な活動をしようとか、有意義で生産的な活動とか?

でもね、実際空いた時間を作って何してる?
空いた時間にもっと仕事してお金を稼ぐ努力してる。
それで、稼いだお金で仕事のストレスを解消する気晴らしに使ったり、家事をやってくれる機械買ったり。

そしてまた空いた時間を仕事に回して、稼いだお金で時間を空ける為の機械を買う。
堂々巡りの仕事人生。

支出の削減

支出の削減

持続可能性という観点でいうと、現代的生き方は持続不能に思える。
逆に自然の循環に組み込まれた生き方は、どの時代にも対応可能でかつ経済的。

ただし実践となると条件がある。
コストの安い空き家、食物を生み出す耕作放棄地、自然の恩恵を頂ける里山(主に燃料)

高安の中途半端さ

高安の中途半端さ

自給自足的生活は、大阪での都会的生活を放棄して地方の田舎暮らしのイメージであるが、高安地域であれば、そのオイシイとこ取りができる地域である。

だからこの地域で活動することは、従来のイメージを破って、大阪で自給自足生活が可能であることの証明をするためであり、おじいちゃんの家を借りてリフォームし、耕作放棄地を借りて自然栽培の野菜を作っているわけです。

正直、サラリーマンして老後を過ごし、死を迎えるにあたって、自分の人生とは何だったのかと自問したときに、納得いく答えが得れるのかどうなのか、無意味に過ごすことの怖さがあるのです。

さてその高安地域においてエコツーリズムとしての可能性について、個人的な希望があります。

高安への希望

高安への希望

このエリアならではの強みを生かした取り組みが可能である。
それらが融合した実践活動を称して

タカヤススタイル

「タカヤススタイル」

セカンドハウス構想

セカンドハウス構想

別荘じゃなくてセカンドハウス。
エリア外の人達が、週末にちょこっときて、それぞれの活動を楽しむ。

取り組みは永遠に

取り組みは永遠に

別に外から人が来なくても、高安地域の独自の取り組みは今も未来も続いていく。
その取り組みが人を呼び寄せる効果があるならば、それは観光といえるのではないでしょうか。

それが、「タカヤススタイル」